2014年11月24日

北海道ツーリング1987 その3

山劇トラベルシリーズ
とにかくひたすらやることが無い

1987年7月5日(土)
 昨日の雨は何処へやら、快晴。普段の生活では絶対に起きないのだが、朝の6時頃に目が覚めてしまった。柄にもなく朝日でも拝んでやろうと甲板に出てみる。普段は目覚めが異常に悪いが、こういう時は何故か不思議と目覚めが良い。
 こんな朝早くから誰も居ないだろうと思いつつ甲板の上に出てみたら、外国人が一人景色を眺めていた。こんな朝早くからごくろうさんな事でと、自分の事を棚にあげつつその外国人を見ていたら、いきなり目が合ってしまった。

 「グッモーニン!」

 なんと外国人が何か喋った。その時甲板の上には自分と外国人の二人しか居ないので、どう考えても自分に言っているとしか思えない。恥ずかしながら完璧に動揺した私は、なんとか片言の英語で恐るおそる『あいさつ』をした。その時に何と言ったのか全く覚えていない。
 フェリー内の生活はこれで4回目。何回乗っても実に退屈なこと極まりない。32時間という長時間の上、娯楽設備など殆ど無いときている。救いなのは乗客が盆シーズンの5分の1程度しか居ない為、広い船内はガラガラ、余裕しゃくしゃくだったという事。多分、ハイシーズンよりも多少早目で、学生が殆ど居ないせいではないか。こんな状況だとわかっていたらわざわざ2等寝台でなくても、2等ザコ寝で充分だったかも。2等のマスを見ると半分も客が居ない。あれなら余裕だろう。
 このような状況の中、一日3食をキッチリ買い置きのカップラーメンで済ませ、船内をウロウロと見物し、あちこちで記念撮影をし、昼間は甲板の上にタオルを敷き日光浴をしながらビールを飲んでゴロリと昼寝を決めたりして、あり余る時間を過ごしていた。とにかくやる事が無くてヒマ。かと言って小樽上陸後のコースを検討をする事もしない。ひたすらダラダラしていた。

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当時のフェリーは屋上甲板迄自由に出入り出来た

フェリー内の風呂が唯一の楽しみだったりする
 そのうち日が落ちて、またまた船内公衆浴場開放の放送があったのですぐにフロに入りに行く。すると、朝甲板の上に居た例の外人が居た。外国人を横目に湯舟に入り、頭を後ろにつけて目をつむって、のーんびりと長風呂を楽しんでいたら突然その男が目の前に来た。

『Boy! understand me?』

 なんとその外国人が私を起こすのだ。よく分からないが、私がフロでのびているのではないかと心配してくれたらしい。

夜になった
 いよいよ明日の早朝は北海道へ上陸するので、上陸後は右に行くか左に行くかだけを協議し、荷物を確認をしてた後いつものようにビールを飲み、明日からの生活に備えて寝た。小樽まであと6時間。もうすぐ到着する。

本日の走行距離..... 0km

次号 いよいよ小樽に上陸します

今回の全行程マップ。
北海道への行き帰りは新日本海フェリーを使用、出発及び到着は小樽フェリーターミナル。
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posted by サンタ at 17:45| Comment(0) | 山劇トラベル | 更新情報をチェックする
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