昔の家
私の住んでいた家は、町の表通りから少しばかり入った万福寺のちょっとした参道の中にあった。その参道は近所では珍しく土のままの道で、路地の中央部には石畳が敷き詰めてありました。その路地は構造的に出口が無い袋小路なっていたので車はめったに入って来ないし、近所には私の年を中心にして、2~3才違いの悪ガキが多くいて、その安全な路地ワンダーランドが私の世界の全てだった。
この頃はどんな事をして遊んでたのか。残念ながら殆ど覚えが無いんだね。そこでまたまた例のごとく写真の力を借りてしまうと、その当時における遊びの王者は三輪車だったようだ。しかし、その周辺の地理的感覚がはっきりと思い出せない所から推測すると、殆どその閉鎖的極楽空間の中で遊んでいたのではないだろうか。と思う。
私の家というか、長屋の道路に面した部屋にはみな濡れ縁があり、夏の暑い日になると近所の人はみなこの濡れ縁に座って涼んでました。大相撲がある夕方になると近所のじい様がよく縁側に蚊取り線香を置いて、その横に座ってNHKラジヲを聞いていた。この事は何故か強力に記憶に残っている。その当時の長屋というものは当然お互いの家の中は丸見え。でも近所の誰もそんな事気にしないみたい。下町の近所付き合いというのはそんなものだったね。ある意味、近所はみんな家族のようなものだから、何か悪さをすると、自分の所の子供だろうが、近所の子供だろうが、きっちりと怒られたし、よく他所でお菓子を貰ったりした。そういう連帯感がその長屋にはあった。
家の中は、記憶によると部屋が二間あり、奥の部屋には丸いちゃぶ台が置いてあり、そこが家族の生活の場であった。当然ながら寝るときにはそのちゃぶ台を畳んで部屋の隅に立て掛けてから布団を敷くのである。その部屋のそのまた奥には土間があり、その土間に台所があって、土間の奥には便所があった。その便所は当時から水洗式にはなっていたが、汲み取りをしていたから浄化槽式ではないだろうか。
その便所で使用していた紙はいわゆる「チリ紙」であった。しかも色が灰色でごわごわしているアレである。白いソフトな紙になるのはまだまだ先の話。また、夜になるとこの土間が真っ暗になるから、この便所が怖くってね、かなりの間一人で行く事が出来なくて、母に付いてきてもらっていたようだ。その家は古い長屋であるから、当然ながらフロは無い。いや、むしろウチの近所では風呂が無いのが普通だった。だから風呂に入るには銭湯に行くことになる。銭湯通いの最初のうちこそ保護者付きだったが、数年経って次第に慣れてくると近所の悪ガキ連中と一緒に風呂屋へ繰り出すようになった。
うちの近所には銭湯が2軒あった。国道19号線の向こうにある銭湯が「ドイツ温泉」で、若干モダンな造りになっている。そして、本町通りの向こうにある銭湯が「草津温泉」で、こちらの銭湯は壁面に富士山の絵が描いてあるまさに由緒正しい銭湯であり、いつもはどちらかというと由緒正しい草津温泉の方へ通っていた。銭湯での悪ガキ共はその広い湯船で泳いだり、飛び込みをしたり、潜ったり、足に石鹸をつけてスケートの真似事をしたり、お湯や水を掛けあったりしてさんざん騒いだものだが、あんまし怒られた覚えはない。この辺りは多分誰でも同じではなかろうか・・・と思うのは私だけかもしれない。
フロから出ると、悪ガキ共は意味も無く体重計に乗り、駄賃があるなら何か飲み物を飲むのである。もちろん例のお決まりのポーズを忘れない。風呂屋の冷蔵庫には定番フルーツ牛乳や、ラムネがあったりしたが、私は「ロイヤルなんとか(?)」という怪しい瓶飲料をこよなく愛していた。物心つく前から何年か通い続けたこの懐かしい2つの銭湯は、現在では既に廃業してしまっている。これだけ内風呂が普及した現在では当然の事かもしれない。避けられない時代の流れとはいえ寂しい限りだ。・・・などと思っていたら最近は数年前から「スーパー銭湯」流行りである。普段の狭い内風呂の反動で、かえって銭湯が目新しい。
私が住んでいた長屋には狭いながら一応2階があり、玄関から入った正面に階段があったが、私のウチの階段は上から板で塞いであり2階へは行く事が出来ないようになっていた。2階へ上がる階段があるのに上へ繋がっていない閉ざされた階段。それは幼い私にとってはなんとも不思議な光景だった。その不思議が解明されたのは随分たってからである。要するに、私の家の2階は隣の人が借りていて2階部分は繋がりになっているのだ。ウチが借りていたのは1階の部分だけだったという事だった。
この狭い家に家財道具一切が入って家族4人で住んでいたから、余計に狭いはずだが、あまり狭いという記憶はない。幼少の記憶とはそんなものかもしれない。
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